出てから1年
昨年の今日(5月26日)、無事に退院したところです。
よく言われることですが、過ぎてみれば早いものですネ。
昨年2月に事故に遭い、日大病院に運び込まれ、その後リハビリのために旭神経内科リハビリテーション病院へ転院。
この間3か月強。
日大病院に入っているときには、記憶が半分もありませんので何ともいえませんが、旭神経内科リハビリテーション病院に転院してからは比較的覚えています。
過ぎてみれば早いといいましたが、じっくり考えてみると結構長い期間入院生活していたな、などと思います。
家族には苦労を掛けました。
かけはしましたが、それを申し訳なく思って恐縮したりする感覚には、相変わらず十分対応できていないのは、高次脳機能障害故と思います。
これは流石にまずいんでしょうけど、まずいと思えない自分がいたりしますのでヤッカイデス。
一般的には大いに感謝しなければオカシイ、といわれるかもしれません。
でも、なかなかそうならないのがこの障害の特徴なんじゃないかなと、そんな風に思います。
まるでフル・フロンタルじゃん(「器」と規定してしまってる)。
時間の経過とともによくなるのかと思うんですけど、まだ流石に1年程度ではそうならないのかも。
ちば家族のWAの皆さんは、この障害を抱えて数年という方々なので、症状も改善している部分もあるかもしれませんし、日常生活も順調なのかもしれません。
わたしはまだそうはなれないわけで、それは時間が解決してくれると思っています。
今必要なのは、
・自分が何を考えているのか
・何をしたいのか
・どうなりたいのか
といったことを、ちゃんと考えることだと、よく言われます(家族や主治医の先生に)。
その通りだと思います。
思いますけど、なかなかうまくいかないんですね~~~。
恐らく来年の今頃には、きっと何か答えられる部分があるかも。
その時までブログ書いていればいいんですけどね。
途中で投げ出してたりして(汗)
そうならないようにしたいけど、こればかりはどうなるかわかりません。
でも、そもそもこの場は、わたしの高次脳機能障害についての記録の場ですから、よくなっていなければ書いているんでしょう。
ちょっとくらいはよくなっているかもね(ホントか?????)
モノの本によると、この障害は完治はしないと。
先生もいってたけど。
でも、生活様式を整えていくことはできるといってもいたので、それを目指していくしかありません。
わたしのアタマの中(=脳)は、だいぶ揺られてしまった(びまん性脳損傷)ので、もう元には戻りませんが、それなりに生きていくうえで必要なことをちゃんとやれるようにしていきたいです。
それをみんな(家族などなど)は望んでますし。
できるかしら?????